「私は自分の価値を自分で承認する」卒業した悩みと気づき✨

riho.k_


昨日は
「私が書くブログや言葉は 
 自分らしくない」
というアドバイスを聞いて、

どうしてそれができないのか?
私の中で、理解が深まったことを
先に書いてみた

何度迷っても「自分のために自己表現する」ことを諦めないで行こうと思った話し✨
何度迷っても「自分のために自己表現する」ことを諦めないで行こうと思った話し✨


その主な原因・理由は、
私が自分の本音をわかっていないこと。

わかっている部分もあるけど
そこに良い・悪いというジャッジがあって
”こうしないといけない”という葛藤

私の中に渦巻いていたからだった🙂‍↕️


・。.・゜✭・.・✫・゜


ことの始まりは、
11月初めくらいに、
私が大好きで尊敬している方と
夜ご飯を食べに行った時のこと🌙

(行きたかったお店で、
 さらにメニューも美味しかった♡)


「りほちゃんは(今後)
 どうなりたいのー?」

と、会話の中で
何気なく聞かれたことに、
私は、自信をもって
「私はこうなりたくて!」
と言えなかった。



この質問、これまでも
夫とか友人に聞かれたことがあって、
なぜか、毎回自信を持って
「こうなりたい!」と
言えたことがなかった。


「答えられない理由」について
なんとなくだけど、
・まだ色々と経験が足りてないし
・私の”この程度”で堂々と言えないな
と、そんなモヤモヤがあった。

いや、”そういうこと”にしてた…。



ご飯を食べている中で、
私が最近はじめようと思っている
とある仕事について、話した際、

そこで伝えてもらった言葉に私は
「私、本当にそれを
今したいのかな?」って
その時、そんな疑問を感じた…。
(まだ始めてもいないのにね🥲)


その後か?細かい順番は
忘れてしまったけど、さらに

「りほちゃんは、何か人に認められたり
 すごいと評価されることがないと、
 自分のことを、すごい✨と
 認めては、ダメだと思ってる!」

「今この瞬間、自分のことを
 十分すごい!!って
 決めることもできるよ!」と…

そんなアドバイスをいただいて。
私は胸の中がザワザワした(笑)


言われていることはわかる、
自分が本当にそうなこともわかる、
でも、確信的な部分がわからない…

けど、これはきっとそこに大きな
葛藤だったり、感情が埋まっている
ということはわかる。ドキドキ…、と。



確かに私は、
”認められたい!”という願望が
ずっと強かった。

その自覚もあったから
今までもそういう葛藤や
気持ちが出てきた時に
向き合って、認めて
昇華してきた、けれど…


その時感じた
私は今本当に”やりたい”と
思っていることから
逃げようとしているんじゃないか?

ということ、

誰かにすごい!と
承認して評価されないと

自分を”私はすごいんだから”と
自分を認めたくない気持ちがあること


この2つが図星だとわかった時、
その場ではなんだか、
私はどう生きたらいいの💦?
私は何を目指して
生きたらいいんだ💦?と

急に、足のつかない
無重力空間に放り出されたような
そんな感覚になってしまって😵‍💫

そして、その場にいる自分が
なんだか恥ずかしかった…。



自分が動けない理由やその葛藤、
やれてないという現実は
私が1番わかっていないといけないのに
それを自分でわかっていなかったこと。


何より、
その方は私にとって
「人生の先を行くお姉さん(先輩)」
のように尊敬している方でもあり、

私自身の葛藤や悩みなどなど
色んなことを話しているのに、

そんな方にさえ、私は
進んでいる風に魅せていて、
実は「本当にやりたい表現」を
できていないことを
隠しているような気がして・・・。
自分が情けなかった😭




これは私の中に
向き合って昇華できるはずの
感情や葛藤がある…、と。


実は、きっかけは忘れたけど
「人の評価を気にしている」について
別の視点でモヤモヤを感じることがあった。


私ずっと、SNSやることに躊躇していると
何度もそれをブログに書いているんだけど

そうは言っても、
それでもやるしかない!と思って、
やりたいはずのSNSをただ眺める
ということから始めてみたりしてた


やりたいことだからこそ
実際にやると、強い葛藤や
感情が動く
ということも
わかっていたから、

その先に行きたくて
まず開くことから始めようって。



そうするとね、モヤモヤと共に
いつも、ジャッジをするような
強い気持ちが湧いていたんだよね…。

何もできないのに、
ただ「可愛い」とか「楽しい」とか
そういうことだけで、人に好かれる
”女”なんて、ずるい!嫌い!!

って。笑


”どうして、この人たちは
批判されたり嫌な思いしないの?
どうしてこんなに褒めてもらえるの?”

”自分のことを着飾って
それを楽しいアピールするなんて、
そんなの「あなた」だからできるんだよ”

”私は、あなた達とは違うんだから!!
もっと大変なんだから!!”
と、謎に戦っている気持ちがあって…。


”女の子(女性)”というのはみんな、
人の話しをちゃんと聞かないで、
私のことを、捌いて批判してくる。

自分の感情任せに、
その時の状況を把握したり
真実を見る努力もせず
自分の利益のために、
嫌な思いをさせてくる!!!と。



(こうして言葉にすると
 なかなか激しいんだけど汗)

私の中の、この怒りと
「何もできないくせに!」
という言葉と、

私の中にある
「認められて、評価されないと
自分を認めたくない」
拗ねた気持ちと・・・。



この「何もできない」って
私は何を指しているんだろう。

ここに「認めてもらいたい」と
表現される”私の想い”が
隠れている気がする。

こんな風に、他人と戦って
自分を我慢させることが
本当の望みじゃないはずなのに…。


これに素直になった時
涙が止まらなくて。。笑
(なんなら、書きながら
 今も泣きそうだ…😭)




でも、紐解けた。

私が許せなかったのは、
”何もできない”のに、
そんな自分に何も負い目がなくて、

それでいて、自分のことや
自分の好きなものを表現しているのに
他者に許されて
愛されているようにみたこと。



だから私は
”わからせたかった”

私は間違っていないのに!
私の方が正しいのに!!
あの人は何もしていないのに
どうして、私ばかり非難されて
”あの人たち”ばかり得するの?!と、

私は間違ってなんかないし、
私の方が、愛されるべきなのに!と




浮かんでくるのは
学生の頃、本当は羨ましかった
同級生の女の子達の顔。


私は、本当は怒ってた。

”そういう意味・つもりない”のに
一人の子の感情やわがままで
嫌な体験・気持ちになることが
多かったこと。


私は実際、納得いかないことを
嫌々飲む、なんて性分じゃないのに
「自分の気持ちを我慢すること」が
私にとっては当たり前で、

且つ、私には
「相手が怒るのは私が悪い」
なんていう自責まであったから
自分の気持ちを伝えることは
なかなかできなかった。



しかも相手(私もだけど)は
思春期真っ只中の”女の子”。


真面目に話し合いをする
自分の気持ちを素直にいう
なんて、煙たい時期だし、

何より”真面目さ”は
毛嫌いされていると思ってて、
私は、その環境でやっていくため
自分の気持ちや意見を飲み込んだ。



冷静に考えると、
その時、一緒に学校生活を
送っていた同級生達は
きっと、私のことは
相手にもしてなかったと思うw

みんな自分と友達関係を
楽しむことに注力していたし、
実際、親しい仲でないと
その人がどうなろうと
あんまり、関係ないことだし😂



なのに、私はそこでも
「私は注目されるべきなのに!」
なんて気持ちがあったから

我慢したのは私なんだけど、

そんな女の子達が
恋愛や人間関係や、
学生の頃にしかできないことを
楽しみ、謳歌していることを
許せなかった。


それを今でも引きずって、
”あの頃の女の子達”を
目に映る、女性達のせいにして
同じ思いを、重ねてたんだ、と。

なんだよ、そんなのww
それ要らなかったじゃん!!って

これまで必要な自己防衛だったとしても
自分が馬鹿みたいに思えた😭😭


┈┈┈˚∙⑅

さらに、私はどうして
「相手が怒るのは私が悪い」と
自責の念があるのかもわかった。

それはもっと深くに
母に対して怒ってる気持ち
愛されたい気持ちがあるからでした。



母に対しても
とにかく「わからせたい」があって

”私は、こんなにも怒ってる!
お母さんが話しを聞かないから、
私が怒ってるのは、
お母さんのせい!!”と
ものすごく怒ってた。


でも、湧いてくるのは
私がどんなに訴えても、
自分の気持ちは届かない、
届いてる気がしない感覚。

だから、私は一生懸命
”お母さんが喜んでくれそう”な
正しいであろうことを頑張ってた。



私が望むことや
それが叶わないからこそ湧く
怒りや、悲しみを表現しては、
お母さんは振り向いてくれない。

だから、母が良いと言ってくれたり
笑ってくれることをやっていたら、
母が振り向いてくれて、
承認してもらえるんじゃないか?
なんていう期待を持っていた😭



あ〜私が、人に承認されたいのは
私の寂しい気持ちや怒りを
母にわからせたかったからなんだ。

「母が嫌な思いをする」ことを
「私のせいだ」と、罪悪感があれば
母は許してくれるかもしれない、と
そう思っていたんだ、と😭



私の本望や本音は
私の話しや想いもちゃんと聞いてほしい。
きちんと私のことを理解して、
そうやって愛されたい、でした。



そうなると
今私がやっていることの根底は
純粋に「やってみたいから✨」
ではなくて

他者に「すごい!」と
認めて、承認してもらいたい
という
私の本当に個人的な、おかしな
欲求が元なんじゃないかと
そんなことも感じて・・。


自分自身が勝手に
「私はみんなとは違う」という
優越感みたいなものを感じられて、

「私は特別な存在なんだ✨」と
自分のことを認められるから、
”やっている”のではないか…?
と思った。




あ〜〜そっか。

だから何をやるにも
「他人から認められなきゃ」
って気持ちがあったんだ。


というよりも、
誰かをわからせなきゃ
私がどれだけすごいのか
証明してこそ意味がある!

って、

私の”生きる目的”
みたいなものが、
自分を証明すること
なってしまっていたみたい。


「私はどう生きたらいい?」
と無重力空間に投げ出されたように
感じたのは

”生きる目的”が、ズレていたこと、
本来ずれていたそこから
抜け出すことになるからだったんた。



自分以外の人を
勝手に”下に見て”
自分の承認のために、
”私はあなたとは違う!”
なんて・・・

傲慢で勘違いも
甚だしいよね、ほんと😭

他者にも、何より
自分にもものすごく
失礼だった・・!



それなら、私は
どうしたい?
どうなりたい?
どうやって生きたい?



もう、何かをわからせなくても
私は愛されていいんだよ。

それは、自分のことも
「私は十分すごい」って
自己価値を認めていいんだよ✨



心がまた少し軽くなったからか
これについては
改めて整理してみたい😊

そして今まで躊躇して
行動移せなかったことを
少しずつでもいいから
やって行こうと思う‼️


その1つにあるのが、
自分の「動画や写真を投稿する」
ということだったり、
このブログを続けながら
コンテンツ
作っていくこと🐏✨



それから、今まで目的が
「すごいと認めてもらうため」
になっていたことも

「ただやってみたいから」
と言う気持ちの元、
(もちろん内容はきちんとして)
改めて、チャレンジしたいかも!
という気持ちもある😊❗️



今回私としては結構大きな
葛藤や感情を昇華して
終わらせることになったけれど

また自分が軽くなった感じがして、
自分を理解できた感覚があって

今までできなかったことを
何から、どう始めて行こうか?
それを考えることに
ワクワクしているよ!


たくさん葛藤したけど、
やっぱり向き合ってみて
良かったと思う😌🌙


長くなってしまったので、
また続きは、別に書きます


ここまで読んでくれて
ありがとーーーーーう♡!

では、またね!

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かまたりほ
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